”厳冬期”未知の銀世界・八ヶ岳連峰


Update:2004.04.23

厳冬期山行(1980.2.8〜2.11)

日本には四季がある、冬季以外の山へは何度も挑戦したが、未だに「厳冬期登山」の経験は無く、未知の銀世界への想いは自然の流れで生まれた。

装備・交通・その他の登山条件は良くなったが、冬山の自然条件まで好転したわけではない。

冬山は低温、強風、多雪など、どれ一つ取ってもごまかしのきかない厳しい自然条件を持っている。

八ヶ岳連峰は、本州のほぼ中央の長野県と山梨県とにまたがり形成されており、南八ヶ岳と北八ヶ岳とに分けられている。

今回の山行は、北八ヶ岳に聳え立つ「厳冬期・天狗岳」が目的地となる。

連休に合わせ出発、大阪駅には電車出発の2時間前に到着するが、既に多数の人達が行列を作り、座席の確保を目指している。

22時20分「ちくま5号」夜行列車での座席は確保できたものの、通路には人と荷物が溢れかえっている。大半はスキー客、登山者は数えるほどである。

厳冬期八ヶ岳

寝不足のまま「塩尻駅」で乗り換え7時前、夜の明けやらぬ八ヶ岳の重要な登山基地「茅野駅」へ到着。渋ノ湯へ向かうバスの中では眠りを求めていた。

9時渋ノ湯を出発、真新しい雪が、足の下で”キュ・キュ”と鳴り自然と足の運びも早まる。

約一時間で賽ノ河原へ出る、一面の雪原に所々岩が顔を出していた、太陽の光が雪に反射して眩しい位である。

さらに雪を被った樹林の中を進み高見石小屋に到着、早めの昼食を取り体温の低下を防ぐ、気温−7℃。 穏やかな天候に恵まれ、急勾配の山肌を喘ぎながらも”中山”の頂上に到着する。雲の切れ間から”天狗岳”が望む事ができた。

急な雪面を下ると、後はなだらかな雪道が黒百合ヒュッテまで続いていた。今夜はここで宿泊。

厳冬期八ヶ岳

山小屋は満員で、夜行の疲れが取れぬままに朝を迎えた。小屋を出て見れば、雪面に輝く”朝日”が今日の始まりを伝えてくれる。

紺碧の空の元、気温−14℃、スパッツ、アイゼンの装備を着け、眼前に聳え立ち雪煙の舞う天狗岳の山肌に取り付く、中山峠からの強風が身を刺す、体感温度がどんどん下がっていく。

急な北斜面ではさらに風が強まる「風の呼吸」に合わせ、止んだ時に一歩一歩確実に足場を固めながら歩む、頂上直下の岩場を無事通過し「天狗岳」頂上へ到着。

厳冬期八ヶ岳

「大地を生命とするものの幸福」など強風の中・・感じる事すら出来ずに居た、だが、素晴しい天候に恵まれ、赤岳・北アルプス・南アルプスの山々が、荘厳な姿を見せてくれる。

展望を楽む事すら難しく、足の感覚が無くなりつつあり30分程で、下山にかかる。途中両足を登山靴の上からピッケルで叩いても感覚が戻らず、血行障害を起こしていたようだ。

もう少し低温が続けば、凍傷になって居ただろう。黒百合ヒュッテで身体を温めてから下山をする、歩行し易い道で気持ちが良く、あっという間に渋ノ湯に着いた感じだ。

バスの時間待ちを利用して渋ノ湯温泉で冷え切った身体を暖める。バスで茅野へ出て、行きとは反対にがら空きの「ちくま4号」で大阪に帰り着く。

回想:

厳冬期登山を終え、自分の身体について考えた。体感温度が−20℃を下回ると、血行不良を起こし、凍傷の危険性を持つ身体であると。

以後の山行で体験を生かして、身体と装備に工夫を凝らし、今の所重大な局面には出会っていない。

記 載  :2003.09.30
加筆・訂正:2004.04.23




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